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中小企業の賃上げの成否を握る!~地域を主体とする価格転嫁・取引適正化対策とパートナーシップ構築宣言の促進~

関東経済産業局が実施する施策には、「現場」の実情を踏まえたオリジナリティの高い取組があります。それら施策に取り組む職員が思いや取組の裏側を語る「施策の深層」。

第4回は、エネルギー価格や原材料費、労務費などが上昇する中、中小企業が適切に価格転嫁できる環境作りを行っている、適正取引推進課の金野さんに話を聞きました。

金野 諒: 適正取引推進課 下請調査第一係長

「価格転嫁の火」を消さない

-価格転嫁の現状と、具体的な業務を教えてください。

原材料、エネルギー、労務費などのコストが上昇する中、下請事業者がコスト上昇分を適切に価格転嫁できていないケースが多々あります。
今年9月の価格交渉・価格転嫁の状況についてのフォローアップ調査によると、「コスト上昇が一服し、あるいは既に価格転嫁(値上げ)出来たため、価格転嫁不要」と考える企業が増加傾向にあるほか、「全く転嫁できなかった+コストが増加したのに逆に減額された」割合が減少するなど、価格転嫁の裾野は広がりつつありますが、「交渉資料を準備できない」、「価格改定の時期が数年に1度」等の理由で機動的な価格交渉が出来ていない等の課題も残っています。また、今後は更なる転嫁率の上昇を図っていくことも重要です。

令和5年9月の価格交渉の状況

そこで、中小企業の賃上げ原資の確保につながるよう、サプライチェーン全体で増加したコストを適切に分担することを推進しています。業務としては、各種イベントでの講演、啓発用チラシの作成、下請けGメンを通じた調査・周知等の取組を通じて、事業者間取引の環境整備や地域における取組の後押しを行っています。

下請けGメンとは、下請中小企業を訪問し、取引状況や困りごとをヒアリングする調査員で、当局に約60名います。Gメンが伺った意見は国や業界が定めるルールづくりに反映し、適正な取引環境の実現に繋げています。

-2020年に「パートナーシップ構築宣言」という制度ができました。どのようなものでしょうか。

サプライチェーン全体の付加価値向上・共存共栄を目指す事を発注者側の立場から宣言するものです。全国で37,540社、当局管内で16,225社が登録しています。(令和5年11月28日時点)
当局では、価格転嫁の機運を地域に面的に醸成するため、パートナーシップ構築宣言を機に、自治体との連携を進めています。

「パートナーシップ構築宣言」のイメージ

-価格転嫁の取組が進んでいる地域はありますか。

管内では埼玉県が全国に先駆けて、埼玉県、当局を含む国の機関、地域の経済団体、労働団体、金融団体の「産官労金」で「価格転嫁の円滑化に関する連携協定」を締結し、地域全体で価格転嫁の取組を促進しています。

-他地域でも価格転嫁を推進するため、どのような取組を行っているのでしょうか。

まずは、自治体に直接訪問し働きかけを実施しました。関心が高い県には、他県の好事例等を紹介、関心が薄い県には事業者間取引の環境整備を行う事の必要性について御理解いただくところから始めました。
その結果、現在では管内1都10県の全地域において、価格転嫁に関する何かしらの取組(連携協定、共同宣言、要請文発出等)が行われているという状況まで進めることができました。

-自治体に対する機運醸成はどのように行ったのでしょうか。

他県の取組内容や好事例を紹介するとともに、パートナーシップ構築宣言の日本地図をお見せし、近隣他県の進捗状況についてお伝えしました。
今考えると、「お隣(の県)は(価格転嫁の機運醸成に)取り組んでいますよ」という無言のプレッシャーみたいなものをかけてしまったかもしれません(苦笑)。

パートナーシップ構築宣言の拡大に向けた各地域の取組の現状

-自治体と連携協定締結後、フォローを行っているのでしょうか。

埼玉県とは取組を継続するため、連携協定を更新しました。また、管内都県の価格転嫁担当者とは継続的に連絡を取り合い、盛り上がった「価格転嫁の火」を消さないよう、定期的に意見交換を行い更なる価格転嫁率向上に向けた情報交換等を行っています。

原価計算がポイント

-価格交渉のやり方が分からない事業者もいると思います。

帝国データバンクのアンケートによると、原価計算をして交渉することが価格転嫁には有効という結果が出ており、下請Gメンのヒアリングでも同様の声があります。そこで、この7月に各県よろず支援拠点に原価計算手法の習得を支援する「価格転嫁サポート窓口」を設けました。まずはよろず支援拠点に相談していただくのがよろしいかと思います。

-原材料費に比べ、労務費の上昇分を説明するのは難しいですよね。

労務費の価格転嫁についての相談は多数いただきます。まずは価格転嫁サポート窓口に相談して、しっかりと労務費の原価計算手法を教わり、自社の原価を正確に把握した上で戦略を立てて交渉していくことが重要です。
他方で、自社の労務費を取引先に晒して交渉するのは気が引けるという企業もあろうかと思います。これはあくまでも参考ですが、毎年改訂される「最低賃金」の上昇率をベースに交渉するという方法もあるようです。最低賃金を用いた交渉であれば、自社の労務原価を晒す事なく、公式の資料を用いて交渉することができます。

-結局のところ、価格転嫁できるためには何が必要なのでしょうか。話術?それとも、親事業者からみて「切れない」事業者だから?

親事業者から「外注先・下請けとしていないと困る」と思われている、そういった観点もあるかもしれません。この観点では、競合他社と差別化が図れる自社の強みを把握しておく必要があります。
他方、交渉の戦略次第で結果が変わることもあろうかと思いますので、価格交渉ノウハウを学ぶことは重要です。中小企業庁の適正取引支援サイトでオンライン講習会が定期的に行われていますので、そういったものを活用して学んでいただくことも、価格転嫁を上手く進めることに繋がると思います。

価格交渉ノウハウハンドブック

お役所仕事と思われるのは悔しい

-ところで、前職は銀行員でしたよね。金融機関で培った能力は活用していますか。

銀行員は、財務諸表や決算書から資金の流れや会社の状態が分かることに加え、経営者の気持ちや金融機関内部の動きを想像できる点が強みだと思います。業務そのものには関係ないスキルかと思われますが、例えば、価格転嫁を申し入れるのも受け入れるのも経営者なので、両立場の経営者の気持ちを想像できますし、金融機関職員の物事の捉え方・動き方もイメージできますので、折に触れてこれまでの経験を活かしていきたいと思っています。

-業務の実施にあたり、ご自身で何か工夫していることはありますか。

民間企業から転職すると、経産省としての発信力、影響力を感じるとともに、当局への期待も感じます。
私自身は、お役所仕事と見られるのは悔しいので、事業者に寄り添った発言を心がけています。例えば、施策説明の際は、下請けGメンが拾った事業者の生声や、私自身が事業者からお聞かせいただいた事等を織り交ぜています。中小企業の困りごとや好事例、価格交渉ノウハウを織り込むことで、この担当者は企業の実態がわかっていそうだな、前向きに価格転嫁に取り組むための新たな気付きを得られたなと思ってもらいたいです。事業者の皆さんに期待以上の内容だったと思ってもらえるよう心がけています。

適正取引推進課 金野係長

-価格交渉に取り組んでいる企業へのメッセージはありますか

厳しい環境下にある親事業者の理解があっての価格転嫁であることは重々承知していますが、下請けの経営者も自分と同じで守るものがある立場です。相手も同じ経営者ということを理解いただき、ビジネスは数字と割り切るのではなく関係性の価値にも目を向けて、サプライチェーン全体で強くなれるよう、親事業者の皆様には価格協議に応じていただきたいと思っています。
また、今後も、国としては様々な価格転嫁対策の取組を通じて価格転嫁ムードを作っていきます。下請けの立場の方は、自社を守るための一歩踏み込んだ価格交渉を行っていただきたいです。

「下請取引適正化・価格転嫁対策」に関するご紹介
関東経済産業局では、エネルギー価格や原材料費、労務費などが上昇する中、中小企業が適切に価格転嫁をしやすい環境を作るため、毎年9月と3月を「価格交渉促進月間」と設定。この「月間」おいて、価格交渉・価格転嫁を促進するため、広報や講習会、業界団体を通じた価格転嫁の要請等を実施しています。
また、「自治体・経済団体等による協定締結や共同宣言」、「宣言企業への自治体補助金での加点措置」など、パートナーシップ構築宣言の拡大に向けた取組を管内で実施しています。

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