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超・印刷業が実践するデザイン経営―「おもい」を「カタチ」に!

経営者の情熱を発信する “Project CHAIN”第16弾。今回は、東京都墨田区にある株式会社サンコーの有薗悦克(ありぞの よしかつ)社長です。衝撃的なデザインの年賀状がバズったり、自社ビルの一角にクリエイター専用シェアオフィスを開設したりと、これまでの印刷業の枠を超えて躍進する同社の根源には、有薗社長の「おもいをカタチにする」という信念がありました。

唯一無二のデザインに込めた「おもい」

Twitterでもバズった、“削る年賀状”(画像提供:株式会社サンコー)

-「印刷は終わった」自社の将来を悲観するようなメッセージが、スクラッチを削ることでポジティブに変わる。貴社の年賀状が話題を呼びました。

はい!これは2年前にサンコーが取引先等に送った年賀状ですが、実はその直前まで、いっそ年賀状を送ること自体止めてしまおうか、という意見もありました。

ペーパーレス化やオンライン化の進展により、印刷の需要は減少し続けています。実は、印刷業である当社ですら、ひとめ見て捨てられるような年賀状ならば、資源のムダでしかないのでは、そんな話をしていたのです。

それでもあえて年賀状を出すのならば、印刷を生業にする会社として、徹底的に紙や印刷の本質に向き合い、新たな価値にこだわったものにしたい。そう考えて、社員やデザイナーさん達とディスカッションを重ねた結果、この、受け取った方にスクラッチを削る体験を通じて、紙のもつ価値や私たちの「おもい」を伝えるデザインの年賀状ができあがりました。

この年賀状はウェブメディアやTwitterでも紹介され、当社のおもいやデザイン力が広まり、新たなお客様やファンの獲得に繋がりました。この年以降、ミシン目入りの“やぶる年賀状”や、体温で色が変わる“触りたくなる年賀状”とユニークな年賀状を続けてきたところです。ただ来年は・・・さすがにネタ切れかもしれません(苦笑)

左から、“触りたくなる年賀状”、“やぶる年賀状”、そして“削る年賀状”。次回作にも乞うご期待!?

-削ると出てくる「これからが印刷の時代」。家業である印刷業への情熱が伝わってきます。家業を継ぐことを意識されたのはいつ頃ですか。

子どもの頃は、工場と自宅が離れていて、家業を意識する機会が少なかったこともあり、後継ぎとしての自覚はそれほど強くありませんでした。
大学卒業後はCCC社(TSUTAYA等を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)に入社しました。様々な部署を経験した後、音楽のデジタル化により危機を迎えた大手のレコード販売店チェーンに執行役員として出向することになりました。出向先で経営者として企業再生に携わる経験を蓄積するなかで、ふと家業に目を向けると、見えてきたのは同じく厳しい経営状態にあるサンコーのリアルでした。家業である以上、債務も含めて継ぐことができるのは私しかいない、こうして家業を継ぐ覚悟が固まり、2013年に当社に入社しました。

-「おもいをカタチにする仕事」を、サンコーの事業ドメインに掲げた経緯を教えてください。

これまでの印刷業は「言われたことを言われたとおりに仕上げる」仕事でした。これは基本中の基本で、とても大事なことですが、業界自体が縮小する厳しい状況下においては、それだけでは後手に回ってしまいます。これからは、基本を守りながらも、新たな価値を生み出していくことが必要です。
CCC社で学んだことの一つに、「顧客の言うことを聞くな、顧客のためになることをなせ」という言葉があります。

「CCC社の価値観を文章化した『行動規範カード』は今でも常に持ち歩いてます」と有薗社長

注文を鵜呑みにするのではなく、真にお客様のためになるように、顕在化していないニーズや「おもい」を引き出し、それを解決するための“問い”を立てて、「カタチ」にする。いわばデザインの考え方を会社経営に取り入れていくことは、これからの当社にとっても重要なことです。
これが当社のドメインとして社内外に浸透するよう、まずは、社長である私自身の「おもい」を経営計画書という「カタチ」に落とし込んで、従業員や金融機関の方に示しています。

同社の経営計画書。事業ドメインや理念、今後の展望等をシンプルな文書で綴っている。

「カタチ」を生み出す秘訣は“コラボ”!

-自社ビル内に、クリエイター専用のシェアオフィスを併設されていることも特徴的ですね。

はい!当社の印刷工場のすぐ上の階に、クリエイター専用のシェアオフィス「co-lab(コーラボ)墨田亀沢」を開設しています。こちらに入居される約40名のデザイナーやライターの方々は、「おもいをカタチにする仕事」をするうえでの心強いパートナーでもあります。当社にクリエイティブが求められるような案件が舞い込むと、クリエイターの方とチームを組成し、クリエイターの豊かな発想と、当社の印刷技術をコラボレーションさせながら仕事に取り組むのです。本質を見抜くクリエイターの“デザイン力”には、毎度のことながら感服しています。

クリエイターとコラボレーションして仕事に取り組む(イメージ)
(画像提供:株式会社サンコー)

この「co-lab墨田亀沢」を設立したのは、自社所有のビルに生じた空きフロアの活用方法を墨田区役所に相談に行ったことがきっかけです。相談に伺った際に、区の産業振興課の担当者から、「この街の産業の未来のためになるような活用方法を考えて欲しい」と言われ、区の産業振興計画書を渡されました。

翌日の早朝に、この計画書に目を通し始めたのですが、そこに書かれていた“墨田区にはバラエティ豊かな町工場が残っている。地の利を活かしてスタートアップやクリエイターをこの街に呼び込み、町工場と連携させることで地域産業を活性化させていきたい”という区の考えに強く共感し、その日のうちにクリエイター用シェアオフィスの構想を書き上げました。その後、区の支援を受けながら2015年にオープンに漕ぎ着け、今に至ります。

価値を創出し続けることで時代の変化を乗り越えていく!

-今後の展望、取り組みたいことを教えてください。

印刷自体の需要は今後も縮小し続けると思います。シュリンクするマーケットの中でしっかり生き抜いていくためには、既存事業を守りつつも、今後10年の間に、新たなビジネスの柱をいくつか立てねばならないと考えています。

新ビジネスを考える着眼点の一つとして、“メディア(媒体)としての紙の価値や需要は落ちても、マテリアル(素材)としての紙は残り続ける”ことが挙げられます。例えば、教会で参列者に見守られながら新郎新婦がサインする“結婚証明書”。あれはデジタル化されることはないと思いませんか。新郎新婦の署名の記録媒体としてより、紙素材が持つ手触りや重さ、重厚なデザイン等から醸し出される雰囲気や意味にこそ価値が有るからです。

一方で、紙に頼らないビジネスも必要です。その一環として、企業ウェブサイト制作支援も手がけています。もちろん、言われたままにHTMLサイトを代行作成するようなものではありません。まずは、クライアント企業が真に発信したいことは何か、例えば、経営者さんが秘めた想い、商品が選ばれ続ける理由などを、当社がインタビュー等を通じて引き出し、言語化・ビジュアル化したうえで、経営者さんご自身にサイト製作してもらうというサービスです。

メディアが紙からデジタルに変わっても「おもいをカタチにする仕事」は続けられると思っています。10年後を見据えたビジョンは、経営計画書にも明記しています。10年経って、経営計画書を読み返した時に、よくやったなと自らに言えるように、常に変化し成長し続けながら、社員みんなが長く働けて幸せになれる、そんな会社にしていきたいです。

【企業情報】
  株式会社サンコー 
  代表取締役会長 有薗 克明(ありぞの かつあき)
  取締役社長 有薗 悦克(ありぞの よしかつ)
  東京都墨田区亀沢4-21-3 ケイエスビル

-編集後記-
「え!経産局の職員さんが自らnoteの記事を執筆するんですか?」有薗社長に驚かれてしまいましたが、そうなんです。お堅い役人文章ばかり書いている私が上手に書けるか不安だと打ち明けたところ、「議事録とは違うので、時系列で全文文字起こしなんてしちゃだめですよ。逆に、メモから最も大事と感じた言葉以外削ぎ落としてみてください。残った言葉、それが記事の本質になります。そこから広げて書くと良いですよ!」とプロ目線でのアドバイスをいただき、何とか書き上げることができました。この記事を通じて、有薗社長が語られた熱い「おもい」が、読者の皆様に伝わるような「カタチ」になっていれば幸いです。

                          担当特派員 MD


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