宿は人なり!誰よりも社員を自慢する経営者が語る、社員への想い
辞めた社員への恨みを捨てたとき、感謝と涙が溢れてきた
-経営者であるお二人は社員のことをとても大切にされていますが、それはどうしてですか。
2012年に、先代である両親が40日間ホテルを不在にすることになり、私達2人で切り盛りすることになりました。恐らく私達2人が会社を経営していけるか、試したのでしょう。
40日間、本当に大変でした。というのも、その間にホテルを支える3人の重鎮が相次いで病気で入院してしまったのです。まず総料理長が、続いて総支配人が、そして調理部門のナンバー2の部長までもが不在となりました。そのとき現在調理長を務めている社員を中心に、私も含めほかの部門を担当している社員も盛り付けや配膳を手伝い、なんとか40日間を乗り切ることができました。
当時松本楼は社員の平均年齢が58歳と高く、加えてフロントならフロント、調理なら調理と専業制でした。40日間の経験から、今後の経営を考え、社員の若返りとマルチタスク化が必要だと感じ、改革を始めました。
-なるほど、会社の未来のために改革を始めたのですね。
ところが30人もの社員が半年間に次々と辞めていきました。当時社員数は85名だったので、およそ3分の1の社員が相次いで退職したことになります。ベテラン社員にとって、マルチタスク化は受入れ難かったようです。更に悲しかったのは、辞めた30人の中には社員の若返りを目指して採用した新入社員8人が含まれていたことです。どうやら辞めた社員たちが新人へ、こんな会社未来がないと伝えていたようでした。私たちは朝から晩まで働かざるを得ず、忙しさのあまりに夫婦仲はギスギスしていました。
そんなとき、(光男さんの)先輩が激励の意味も込めて松本楼に泊まりにきてくれました。夜になり夕食を取りながら苦しい現状を話していると、「辞めていった人たちのことを恨んでいますか。」と聞かれました。正直に、「恨んでいます。」と答えました。すると「辞めた人たちへ感謝してみてください。このままだと、やがて松本楼は2人だけになりますよ。」とおっしゃったのです。
当時は藁にも縋る想いで、その先輩の言うとおりにやってみることにしました。はじめは形だけでしたが、毎日続けていくと次第に辞めた社員が汗水流して働いていた姿が目に浮かび、感謝とともに涙が溢れてきました。いかに自分たちが社員に支えられてきたかに気づいたのです。そこから社員への接し方が変わったのでしょう、社員の退職の連鎖が止まりました。
誰よりも社員を自慢する経営者
-社員とのコミュニケーションは何か工夫をされているのでしょうか。
社員のいいところを伝えることでしょうか。私たちの一番の自慢は社員です。周りの経営者についつい社員自慢をしてしまうのですが、こんなに社員を自慢する人はいないよと言われます。それくらい社員の頑張りで成り立っている会社なのです。
私たち2人の仕事は、社員の後押しをしてあげることだと思っています。社員とはホテル内ですれ違えば今日もありがとうと話しかけますし、LINEで気軽に相談できる関係ができています。
また年2回全社員と面談を行っています。社員の上司が評価を行い、面談ではコメントを集約して私たちが伝えているのですが、上司と部下の関係だからこそ見えている感謝や尊敬の想いがたくさん書かれていて、温かい気持ちになります。
-社員が自慢とは!社員にとってこれほど嬉しいお言葉はないですね。
本当にうちの社員は優しいのです。私たちにも娘がいて、子育ての大変さがよく分かるからこそ、松本楼ではお子様連れのお客様に心から寛いで頂きたいと考えています。
その工夫の1つがお子様連れの方専用のお食事処です。あるとき社員の1人がお子様もお客様なのだから、お子様にも喜んでもらえる仕掛けがしたいと、お食事処のテーブルの上に折り紙でかわいい名札を作ることを提案してくれました。私たちの社員はお客様を幸せにするために、自ら提案し、行動してくれます。私たち2人はいつも提案してくれてありがとう!どんどんやって!と社員に感謝し、全力で後押しをします。
「宿は人なり。」松本楼が大切にしている言葉です。お客様に接する社員が幸せでないと、お客様を幸せにはできません。そのため社員から何か要望が出たときには、できる限り叶えるようにしています。
経験が優しい気持ちを育む
-ホテル松本楼では先進的にSDGsに取り組まれていたり、地域に今までなかったベーカリー をオープンさせたり、積極的にチャレンジもされていますよね。これはなぜですか。
私たちが何事も経験してみることが大切にだと考えているからです。30人の社員が辞めたときに私たちも様々な社員の仕事を経験し、この経験が社員の仕事の辛さや大変さの理解に繋がりました。
だからこそ社員にも、何事も経験してみるよう伝えています。新型コロナウイルスが蔓延し、なかなか宿泊の予約が入らなかった時期には、保健所の出先機関である健康観察センターの仕事の手伝いに社員を派遣しました。健康観察センターでは新型コロナウイルスに感染し自宅療養されている方に、電話で健康状態の確認を取る仕事に従事してもらいました。この経験を通じて、保健所が担う業務の大変さや、新型コロナウイルスに感染された方の辛さなど様々な気持ちを知り、社員はより一層人を思いやる優しい気持ちが育まれたのではないかと思います。
-社員の皆様は様々な経験をされてきたからこそ、優しさに溢れているのですね。近々また新しいチャレンジをされるご予定はありますか。
株式会社ホテル松本楼は、ホテル松本楼と洋風旅館ぴのんの2つの宿を経営してきましたが、7月にもう1館「Doggy スイート ペロ」という愛犬と一緒に宿泊できる宿が仲間入りしました。実は伊香保温泉には愛犬と一緒に宿泊できる専用ホテルは無く、地域初の試みです。加えてこの宿では弊社としてもう1つ大きなチャレンジをしています。それは若手に宿を任せたことです。支配人には30代の社員を抜擢し、スタッフも若手を配属しました。弊社の社員は皆優秀ですから、きっと上手くやってくれると思いますよ。
【企業概要】
株式会社ホテル松本楼
代表取締役社長 松本 光男(まつもと みつお)
おかみ 松本 由起(まつもと ゆき)
群馬県渋川市伊香保町伊香保164