見出し画像

中小企業は、地域を盛り上げるパートナー -現場に足を運び、人と人とをつなぐ支援を行う

こんにちは、関東経済産業局 経営支援課です。
地域への熱い思いを持って奮闘するキーパーソンに、その情熱のルーツや取組などを伺う「地域HOTパーソン」。今回の地域HOTパーソンは、川崎市役所経済労働局の木村佳司(きむら けいじ)さんです。

木村さんは、川崎市役所の職員として30年間、川崎の中小企業支援に取り組んできた方です。現場に徹底して足を運ぶ支援は「川崎モデル」と呼ばれ、市内の中小企業から多くの信頼を得ています。現場主義で様々な企業や地域をつなげている木村さんに、支援にかける思いを伺いました。

市役所職員の視点から見た景色

ー木村さんは、信用金庫での勤務を経験されているのですね。

そうですね。社会人としてのスタートは信用金庫です。

実家が商売をやっていましたので、学生時代は実家の手伝いばかりしていました。就活の時期になり、就職先も決まらずふらふらしていた時に、たまたま実家と取引していた信用金庫のご縁で就職しました。

しかし、厳しい世界でノルマに耐え切れず、たった3年半で辞めてしまいました。3年半、何の実績も残せていなかったと思います…。当時は本当に甘い人間でした。

ーその後、川崎市役所に転職されたのですね。

はい。市役所はノルマもなく残業もないイメージがあったので、そんなところで働きたいなあと、不純な動機で川崎市役所に転職しました(笑)。

当時、早くから民間経験者採用を取り入れていた川崎市役所の採用試験に受かり、経済労働局に配属されました。初めは中央卸売市場で1年10ヶ月、青果物の競りの監督などをやっていました。

ーどのタイミングで、中小企業支援に携わるようになったのですか。

中央卸売市場での先輩職員との出会いが転機となりました。私が所属していた部署に、中小企業診断士の資格を持った先輩がいて、市役所の仕事を離れて、中小企業大学校に1年間通って中小企業診断士の資格が取れる制度があることを知り、迷うことなくそれに手を挙げ、入庁4年目で診断士の資格を取得したことが中小企業支援に携わるようになったきっかけです。

それから業務として中小企業の現場に出向くようになりました。最初は専門家のカバン持ちみたいな感じでしたが、市職員として中小企業に行くと、直接、経営者に会えることに感激したことを覚えています。信用金庫勤務の頃は、大事な融資案件の相談などは上席や支店長が行く感じだったので、中小企業の経営者にはほとんど会えなかったんです。

私たち市職員に対して、経営者の皆さんがいろいろな相談を持ちかけてくれて、「生半可な気持ちで経営者に接するのは失礼だな。」と感じるようになりました。

経営者に本気で向き合うということ

ーそこから、中小企業支援に熱心に向き合うようになっていったのですね。

はい。大きなきっかけとなったのが、窓口当番で川崎市の特別融資制度の資格認定を行う業務に携わった時の出来事です。

窓口に来た町工場の経営者から「新製品の開発のために融資を受けたい」と相談されました。そこで、融資と併せて活用できそうな補助金を紹介したところ、後日、「これまで補助金というものがあるのを知らなかったけど、申請してみたら通ったんだ。木村さんのおかげで新製品開発ができそうだよ。」と経営者が非常に喜んでくれて。

それが素直に嬉しかったんですよね。情報を伝えただけでこんなに感謝され、こんな自分でも人の役に立てるのか、と。やればやるほど喜んでもらえる仕事だと知って、これからはもっと積極的に情報を伝えるために頑張ろうという気持ちになったんです。その中で、だんだんと企業訪問のきっかけができていきました。

支援場面(企業現場で経営者と対話する様子)

どんどん現場に出て、ネットワークを拡げる

ー当時から、多くの企業に足を運んでいたのですね。

最初は地道に職場仲間と一緒に企業を回り始めました。その中で、補助金など単発で支援制度を紹介するだけではなく、専門家派遣やセミナー、研修制度、展示会など、国や県も含めて、いろんな支援策をパッケージにして情報提供したり、その活用を提案することで、すごく喜んでもらえて成果も出るので、そういった活動をした方がいいと思うようになりました。

ー他機関とのネットワークをすごく大切にされていますよね。

はい。ちょうど2000年頃に、国が「中小・ベンチャー企業のワンストップサービスが重要だ」という政策を打ち出し、中小企業支援の形が大きく変わっていきました。川崎市でも川崎市産業振興財団を中心に地域の支援機関と連携したワンストップサービスのプラットフォームを作る動きが始まり、ネットワーク型の支援活動の重要性について強く意識するきっかけとなりました。

ーネットワークをどのように拡げていったのですか。

川崎市産業振興財団を中核的支援機関として地域の支援機関と連携し、中小・ベンチャー企業を伴走型で支援する体制を作るための基本構想を作ったことは、過去30年を振り返っても一番大きい仕事だったと思います。それまで地道に現場に出向いて得た経験とノウハウを生かして、手作りで策定したその基本構想は、今でも自宅に大切に保管しています。

その後、基本構想を実行するために、川崎市産業振興財団に出向させてもらいました。現場へ出る機会を更に増やしたことで、支援機関や地域企業のキーパーソンとの顔の見えるつながりも増え、例えば、大学・研究機関の試作開発に関するニーズを中小企業につなぐ新たな産学連携の取組にもつながりました。

また、支援体制がある程度構築できた頃に、ちょうど関東経済産業局から「地域の有力な中小企業のネットワーク化に取り組みませんか?」という話をいただき、有力企業を発掘するための企業訪問活動として、2005年に出張キャラバン隊を立ち上げました。

支援先企業の開発製品を紹介する木村さん

ーそこで川崎モデルの一つとなるおせっかいキャラバン隊ができたのですね。

はい。ホームページで支援策を案内したり、チラシやメルマガを送るだけでは、なかなか公的支援に関する情報は伝わらないので、頑張っている中小企業の話を聞きつけたら「呼ばれていなくても企業に出向いていこう」という押しかけスタイルで、年間延べ500社以上訪問しました。

その3年後には、京浜地域のネットワーク構築に取り組みます。それをきっかけに大企業の開放特許を中小企業に繋げる知財マッチングや、中小企業の技術を大企業に繋げるオープンイノベーションマッチングの取組によって、大企業とのネットワークが拡がりました。

ー川崎だけにとどまらない、大きなネットワークですね。

はい。取組が全国的にも注目されるようになり、大企業と一緒に全国各地を訪問してネットワークを広げる活動もしました。

一部の方からは「他地域を支援してどうするんだ?」「もっと市内の中小企業を支援してくれ」という声もありましたが、そこは、しっかり広域連携のメリットを説明しました。何故なら、他地域の企業や支援機関を知ることで、全国各地の企業と川崎市の企業をつなぐことができるし、川崎市の中小企業支援のブランディングにもつながるので、そこから更に多くの人や情報が集まってくるからです。

経験で培った信念で、企業の力になり続けたい

ー今は事業承継支援に取り組まれていますね。

昨年度、新たに設置された部署なので、担当になった当時は、何をすべきか正直なところあまりピンときませんでした。しかし、国の事業承継ガイドラインを熟読し、準備段階から行政として手伝えることがたくさんあると知って腹落ちしたんです。

中小企業が円滑に事業承継を実現していただくためには、その会社を引き継ぎたいと思ってもらえるような魅力のある会社にしていかないといけない。だから、準備段階から、将来の事業承継を見据えた支援をすべきと。

やっていることは、私自身が30年間やってきたことそのものなんですよね。私達の伴走支援期間というのは、おそらくどこの支援機関よりも長いと思いますし、その中で企業価値向上の力になれたという実感を得られる場面も多くありました。

だからこそ、地域に残していかなければいけない企業の事業承継支援の仕事は、私にとって中小企業支援業務の集大成ともいえる究極の伴走支援であり、自分がやるべくしてやらないといけないと思っています。仕事へのやりがいというものを実感させていただいた多くの経営者の皆さんに恩返しをしたいという境地です。

ー木村さんが企業支援の際に心がけていることはありますか。

相談窓口で待つ、ということは基本的にしませんし、こちらから企業を訪ねておきながら、いきなり、お困りごとは何ですか?というようなアプローチはしません。現場では、まずお伝えしたい情報や話題を提供しながら和やかな雰囲気づくりに専心します。課題を見つけるというよりも、その企業の特徴や強みを見つけ出しに行く感じです。対話と傾聴を重ねる中で、信頼関係を構築する支援の土台作りを行います。そこから課題も見えてきます。

ー今後の展望について教えてください。

川崎市には約4万事業所あり、全てを支援することは不可能に近いです。だから、他の中小企業を引っ張ってもらえるような中核企業を育てていく、「正しいえこひいき」が大切だと考えています。

そして、地域の中核企業には、むしろ我々支援者側に回っていただき、困っている企業を助け、勇気づける存在として、また地域産業振興の大事なパートナーとして、後継者がいない企業があっても引き継いでもらえるような存在になって欲しいと思っています。

木村さんが頼りにしている、川崎の中小企業経営者の皆さんとの写真
(東京都内にある今野製作所との広域交流)

ー企業支援の土俵にたって活動されている方へ、メッセージがあればお願いします!

「現場に出て、まずは自分たちがやれることを伝えよう!そこから自分たちなりのネットワークを作って、できることを拡げていこう!」ということです。

現場に軸足を置いた地道な泥臭い活動、あたりまえのことを徹底して続ける、それなしでは前に進みません。私自身、それをいろんな地域に伝えていきたいと思っています。

職場での木村さん

 【プロフィール】
大学卒業後、都内の信用金庫勤務を経て、平成6年に川崎市役所に入庁。
平成10年に中小企業診断士の資格を取得。中小企業指導センター(後に中小企業支援センター)、企画課、川崎市産業振興財団(派遣)、工業振興課、経営支援課などで一貫して中小企業支援業務に携わる。

【編集後記】
現場に何度も足を運び、対話と傾聴を繰り返してきたからこそ得た、木村さんと経営者の間の強い信頼関係はまさに地域を引っ張るパートナー関係そのものでした。木村さんが地道に作り上げてきたネットワークと数々の出会いは、偶然のようで必然的なものだったのではないでしょうか。企業支援を通じて得た人の役に立つことの楽しさを語る木村さんの姿に、胸が熱くなりました。