常に先手先手をー「温故知新」を胸に挑戦を続ける弓具界のパイオニア
昔からやってきたことは参考になるけど・・・「なぜ?」という考えが常にあった
―グラスファイバー製の弓の開発など、常に業界の先端を走る製品を様々開発されていらっしゃいます。そのアイデアの秘訣は何ですか?
弓具の世界には3種類の職人がいます。弓を作る「弓師」、矢を作る「矢師」、弽(ゆがけ。弓の弦を引く際に使用する鹿革製の手袋)を作る「かけ師」の3種類です。私は弓師をしています。
この業界には、「こうやって弓矢を作ったらよく飛ぶ」といった昔から伝えられている教えがたくさんあります。私は弓師になった頃から、こうした教えを鵜呑みにせず、「なぜそうなるのか?」と自分の頭で考えるようにしていました。
例えば、弓師になりたての頃に、自分で考えて「弓をきれいに削りすぎる必要はない」ということに気づきました。伝統的な竹弓は、竹を削って「外竹」「内竹」「弓芯」等のパーツを作った後、各パーツを接着剤で張り合わせて形を作っていくのですが、弓師になりたての頃は、父のようにうまく削ることができませんでした。その際、きれいに削ることに執着するのではなく、一度立ち止まって「そもそもなぜきれいに削らないといけないのか?」と考えてみました。その結果、弓はきれいに削りすぎると表面積が少なくなり、各パーツの接着力が弱くなってしまうため、きれいに削りすぎる必要はない、ということに気づきました。父から「こうしなさい」「昔からそうだから」と言われると、作業の上達に意識が向いてしまい、「なぜ?」と一旦立ち止まって考えることは非常に難しいです。でも、「父がそう言ったから」「昔からそうだったから」と言って思考停止せず、好奇心を持って「なぜそうなるのか?」という視点を持つことが非常に重要だと思います。
―御社の製品の的中定規も「なぜ?」という視点から開発されたのですか?
弓を引くときに、少しだけ矢を下向きに角度を付けて引いた方が、的に当たりやすくなります。そのような教えは昔からありましたが、誰もその理由を知らなかった。「なぜ角度を付けた方が的中するのか?」と疑問に思い、理工学部の知り合いにお願いして色々と計測をしてもらいました。その結果、角度を付けた方が、矢が効率的にしなり、まっすぐ飛んでいくことが明らかになりました。
練習の時に、この正しい角度や弓把(ゆづか。弓の握りと弦との間のこと)の高さ、弓筈(ゆはず。弦をかける所)の位置をきちんと測れるようにしたら、上達が早くなるのではないかと思い、製作したのが的中定規です。
伝統「産業」としての発展を目指す
―会長は、学生や初心者にも手が届きやすく、扱いやすいグラスファイバー製の弓を製作され、弓道人口の拡大に大きく貢献されました。製作のきっかけとなった出来事はありますか?
竹製の弓しか無かった時代は、注文しても手元に届くまで1年待ちといった入手困難な状況でした。また、一級品の弓は、生産地から直接消費者に渡ってしまうことが多く、店に卸される製品はB級品ばかり、といった状況も続き、竹弓産業の限界を感じていました。
そんな中、当店で竹製の弓を購入したある高校生が、「1週間で故障してしまったので、何とかしてもらえないか」と父親と一緒に再来店しました。壊れた理由や原理を説明し、納得してもらえはしましたが、父親から「高校生が自由に扱えないような道具しかないようでは、今後の発展は見込めないですね。」と言われてしまいました。その言葉をきっかけに、学生でも扱いやすい、壊れにくい和弓を作らなければならないと思い、製作に取り掛かりました。
―周囲からの反発はありませんでしたか?
グラスファイバー製の開発に乗り遅れてしまった同業他社や、伝統を大事にする人からは「竹でなければ和弓ではない」という意見も多く出ました。しかし、いつまでも竹製にこだわって、玄人・プロしか扱えない製品ばかりでは、産業としての発展は見込めない。当時の全日本弓道連盟会長 中野 慶吉先生も同意見で、中野先生が周囲を説得してくれ、グラスファイバー製の弓が市民権を得られました。
―伝統ある弓道ならではの難しさですね。
伝統産業でありながら、伝統に飲み込まれ過ぎず「産業」としての発展を目指す。そのバランスが難しいところです。技術革新は今後もどんどん進んでいくと思うので、変化を恐れず先手先手で行動していきたいです。
「温故知新」を胸に取り組む製品開発
―今開発に取り組んでいる製品はありますか?
物流の2024年問題(自動車運転業務の時間外労働が年960時間に上限規制されることにより、輸送能力や担い手の減少、物流コストの増加等が見込まれる問題)が浮上したことをきっかけに、新たに的枠を開発しました。現在は、1枚の板を丸め、円形に加工した状態で弓道の的枠を出荷しています。しかし、的を円形にした状態で輸送すると、的を詰める段ボールのデッドスペースが大きくなり、運送料が上がれば大幅にコストが増加してしまいます。新製品では、的を3つの板に分けた状態で出荷します。こうすることで、弧の形をした板を同じ方向に並べて出荷することが可能になり、今よりも体積の小さい段ボールで輸送することができるので、輸送コストが1/5に抑えられます。
―本当に次々にアイデアが浮かんでくるのですね。小山会長が職人として、経営者として、大事にされていることは何ですか。
“温故知新”ですね。弓道は、「こうすると良い」といった昔からの教えが本当に多いですが、そこには必ず何かしらの法則や理由があります。昔からの教えをしっかり分析・解明して製品開発に繋げていくことが大事だと思います。これからも「なぜそうなるのだろう?」という好奇心を忘れずに、製品開発に取り組んでいきたいです。
【企業情報】
株式会社小山弓具
会長 小山 雅司(こやま まさし)
代表取締役 塙 将一(はなわ しょういち)
東京都千代田区神田須田町1-6