見出し画像

常に先手先手をー「温故知新」を胸に挑戦を続ける弓具界のパイオニア

経営者の情熱を発信する“Project CHAIN”第20弾。今回は、東京都千代田区神田にある、株式会社小山弓具 会長の小山 雅司さんです。
同社は、1780年創業、徳川家に弓馬術礼法を指南した小笠原流の御用弓師です。現在も伝統の竹製の弓を作る一方、グラスファイバー製の弓を開発・製作するなど、常に弓具界の先頭を走るパイオニアです。
その根本には、伝統ある産業の中で、会長が大事にしてきた「なぜ?」という視点にもとづいた温故知新のストーリーがありました。

昔からやってきたことは参考になるけど・・・「なぜ?」という考えが常にあった

―グラスファイバー製の弓の開発など、常に業界の先端を走る製品を様々開発されていらっしゃいます。そのアイデアの秘訣は何ですか?

弓具の世界には3種類の職人がいます。弓を作る「弓師」、矢を作る「矢師」、弽(ゆがけ。弓の弦を引く際に使用する鹿革製の手袋)を作る「かけ師」の3種類です。私は弓師をしています。
この業界には、「こうやって弓矢を作ったらよく飛ぶ」といった昔から伝えられている教えがたくさんあります。私は弓師になった頃から、こうした教えを鵜呑みにせず、「なぜそうなるのか?」と自分の頭で考えるようにしていました。
例えば、弓師になりたての頃に、自分で考えて「弓をきれいに削りすぎる必要はない」ということに気づきました。伝統的な竹弓は、竹を削って「外竹」「内竹」「弓芯」等のパーツを作った後、各パーツを接着剤で張り合わせて形を作っていくのですが、弓師になりたての頃は、父のようにうまく削ることができませんでした。その際、きれいに削ることに執着するのではなく、一度立ち止まって「そもそもなぜきれいに削らないといけないのか?」と考えてみました。その結果、弓はきれいに削りすぎると表面積が少なくなり、各パーツの接着力が弱くなってしまうため、きれいに削りすぎる必要はない、ということに気づきました。父から「こうしなさい」「昔からそうだから」と言われると、作業の上達に意識が向いてしまい、「なぜ?」と一旦立ち止まって考えることは非常に難しいです。でも、「父がそう言ったから」「昔からそうだったから」と言って思考停止せず、好奇心を持って「なぜそうなるのか?」という視点を持つことが非常に重要だと思います。

珍しい素材を使用して製作された矢や大嘗祭で使用された弓、歴代の弽(ゆがけ)など

―御社の製品の的中定規も「なぜ?」という視点から開発されたのですか?

弓を引くときに、少しだけ矢を下向きに角度を付けて引いた方が、的に当たりやすくなります。そのような教えは昔からありましたが、誰もその理由を知らなかった。「なぜ角度を付けた方が的中するのか?」と疑問に思い、理工学部の知り合いにお願いして色々と計測をしてもらいました。その結果、角度を付けた方が、矢が効率的にしなり、まっすぐ飛んでいくことが明らかになりました。
練習の時に、この正しい角度や弓把(ゆづか。弓の握りと弦との間のこと)の高さ、弓筈(ゆはず。弦をかける所)の位置をきちんと測れるようにしたら、上達が早くなるのではないかと思い、製作したのが的中定規です。

(左)的中定規の原理を説明する小山会長 
(右)同社の的中定規(画像提供:株式会社小山弓具)

伝統「産業」としての発展を目指す

―会長は、学生や初心者にも手が届きやすく、扱いやすいグラスファイバー製の弓を製作され、弓道人口の拡大に大きく貢献されました。製作のきっかけとなった出来事はありますか?

竹製の弓しか無かった時代は、注文しても手元に届くまで1年待ちといった入手困難な状況でした。また、一級品の弓は、生産地から直接消費者に渡ってしまうことが多く、店に卸される製品はB級品ばかり、といった状況も続き、竹弓産業の限界を感じていました。
そんな中、当店で竹製の弓を購入したある高校生が、「1週間で故障してしまったので、何とかしてもらえないか」と父親と一緒に再来店しました。壊れた理由や原理を説明し、納得してもらえはしましたが、父親から「高校生が自由に扱えないような道具しかないようでは、今後の発展は見込めないですね。」と言われてしまいました。その言葉をきっかけに、学生でも扱いやすい、壊れにくい和弓を作らなければならないと思い、製作に取り掛かりました。

―周囲からの反発はありませんでしたか?

グラスファイバー製の開発に乗り遅れてしまった同業他社や、伝統を大事にする人からは「竹でなければ和弓ではない」という意見も多く出ました。しかし、いつまでも竹製にこだわって、玄人・プロしか扱えない製品ばかりでは、産業としての発展は見込めない。当時の全日本弓道連盟会長 中野 慶吉先生も同意見で、中野先生が周囲を説得してくれ、グラスファイバー製の弓が市民権を得られました。

―伝統ある弓道ならではの難しさですね。

伝統産業でありながら、伝統に飲み込まれ過ぎず「産業」としての発展を目指す。そのバランスが難しいところです。技術革新は今後もどんどん進んでいくと思うので、変化を恐れず先手先手で行動していきたいです。

弓具製作の現場

「温故知新」を胸に取り組む製品開発

―今開発に取り組んでいる製品はありますか?

物流の2024年問題(自動車運転業務の時間外労働が年960時間に上限規制されることにより、輸送能力や担い手の減少、物流コストの増加等が見込まれる問題)が浮上したことをきっかけに、新たに的枠を開発しました。現在は、1枚の板を丸め、円形に加工した状態で弓道の的枠を出荷しています。しかし、的を円形にした状態で輸送すると、的を詰める段ボールのデッドスペースが大きくなり、運送料が上がれば大幅にコストが増加してしまいます。新製品では、的を3つの板に分けた状態で出荷します。こうすることで、弧の形をした板を同じ方向に並べて出荷することが可能になり、今よりも体積の小さい段ボールで輸送することができるので、輸送コストが1/5に抑えられます。

―本当に次々にアイデアが浮かんでくるのですね。小山会長が職人として、経営者として、大事にされていることは何ですか。

“温故知新”ですね。弓道は、「こうすると良い」といった昔からの教えが本当に多いですが、そこには必ず何かしらの法則や理由があります。昔からの教えをしっかり分析・解明して製品開発に繋げていくことが大事だと思います。これからも「なぜそうなるのだろう?」という好奇心を忘れずに、製品開発に取り組んでいきたいです。

8代目の小山会長と9代目の塙社長。9代目は、前職はサラリーマンで弓道経験も無かったが、結婚を機に弓具の世界に飛び込み、8年の修行を経て社長に就任した

【企業情報】
 株式会社小山弓具
 会長 小山 雅司(こやま まさし)
 代表取締役 塙 将一(はなわ しょういち)
 東京都千代田区神田須田町1-6

―編集後記―
取材で伺った際、平日にも関わらず学生から一般のお客さんまで絶えず訪れていたのが印象的でした。お客さんからの信頼を勝ち取り続けている秘訣は、小山会長の時代を先読みする柔軟な発想、変化を恐れない姿勢にあると感じました。会長が言っていた「なぜ」という視点を持つ重要性は、どの仕事にも通ずることだと思います。私自身も「なぜ」という視点を忘れずに日々の仕事に向かっていきたいと心を新たにしました。
                          担当特派員 MY