人にやさしいヒーロー社長~川嶋式経営の極意~
思いがけず社長に就任
-入社されるきっかけとなった出来事について教えて下さい。
私は三兄弟の次男に生まれ、高校までは地元の栃木で過ごし、その後、都内の大学を経て製薬会社に入社しました。兄が父の会社に入ったので、そのまま会社を継ぐと思っていたのですが、事情により会社を離れていました。
そんな中、父が大病を患い、手術の前日に「会社を継いでほしい」と言われました。会社があったからこそ自分が育ったという思いがあり、思い切ってその場で承諾しました。手術は無事成功したのですが、一度引き受けた手前、あとから断ることもできず、栃木精工に入社し、入社4年後の2010年に社長に就任しました。
-昔から家業を継ぐかもしれないという意識はあったのですか。
いいえ、全くありませんでした。次男ということもあり、自由に生きてきました。元々、科学が好きで高校生までは宇宙飛行士を目指していましたが、大学からはバイオ分野に進みました。
昨年ご縁があって、医師としての現場経験と画期的アイデアで新しい医療機器を開発するドクターとお会いすることができ、現在活動を共にしています。その方は、宇宙空間で3Dプリントによる製造が可能な「嗅ぎ注射器」を開発し、内閣府主催の宇宙を活用したビジネスアイデアコンテスト「S-Booster2017」で受賞した国立病院機構新潟病院の石北直之先生です。偶然にも、石北先生は同い年・同じ誕生日・同じ血液型に加え、三兄弟の次男・高校は男子校と同じことばかりで、なにか運命的なものを感じています。
先生との出会いにより、「宇宙×医療」という新たな道を見出せたので、世界的に見てもニッチな市場ではありますが、この分野で世界シェアを拡大していくことを目指していきたいです。実は、今は長男が宇宙飛行士を目指しているので、自分が作った製品を息子が宇宙に持って行く夢を抱いています。
「管(くだ)の何でも屋さん」への道
-経営に関して意識していることはありますか。
「多様性」と「組合せ」です。
当社は創業以来、注射針を中心に売上の9割が輸出であったため、輸出貢献企業として、当時の通産省から表彰をいただいていました。しかし、プラザ合意後の円高の影響で売上が一気に半減したため、一貫生産からアセンブリのみ手がける工場にシフトしました。その経験を踏まえて、現在は一つのものにこだわらない「多様性」と素材や技術の「組合せ」によって、管のことなら何でも請け負う「管の何でも屋さん」を目指しています。
-川嶋社長が就任した2010年以降は売上が右肩上がりですが、その要因は何でしょうか。
CCS(Cost Control Sheet)や「部門間依頼・請負」の考え方を導入し、会社の経営数字を全て従業員にオープンにしました。従業員の待遇の改善に取り組み、利益を従業員に最大限分配することを心掛けています。
従業員のおかげで会社が成長しているため、従業員には良い生活をしてもらいたいと思っています。そのため、経費の重点項目は減価償却費と人件費であると考えています。あと、バランスを意識しています。従業員の意見の中心値はどこにあるのかを常に考え、立場が弱い方や少数派にも寄り添いながら行動しています。
経営会議の資料も自分で作り続けています。周りからは「経営者は判断、決断するのが仕事なのだから資料作成はまかせたらどうだ」と言われますが、現場の手触り感を得るとともに、自ら資料を作成することで自らの考えを整理することが出来ます。
-御社の特徴的な取り組みは何ですか。
当社では福利厚生制度として「いいね!ポイント」システムを開発し、導入しています。アプリ内で「ありがとう」や「感謝」の気持ちを「いいね!ポイント」として、従業員が1日100ポイント送ることができ、ポイントを現金に還元できる仕組みです。感謝の気持ちだけではなく、誕生日の従業員にポイントを送るなど社内のコミュニケーション円滑化にも使われています。社内には何万ポイントも貯めている人もおり、奥さんへのプレゼントの資金にしたり、へそくりにしたりと、それぞれ工夫して活用しています。
この取組のきっかけは、出社した際に、誰かが自分より早く来て机の上を掃除してくれていたり、ポットの準備をしてくれていたり、業務では評価出来ない取組を評価したいと思ったからです。気がついたらポイントが貯まっていくので、自分が思っているより周囲から感謝されていることに気づくことができますし、感謝の連鎖が生まれることも素敵だと思います。
また、従業員同士の評価がポイントとして現れるため、360度評価にも繋がっています。
“ナチュラルボーンロマンチスト”
-従業員のことを大切にされていますが、何かきっかけがあったのでしょうか。
先代の言葉や思いを大切にしているからです。
創業者である祖父は、病弱のため徴兵検査に合格せずに戦争に行けなかったそうです。同年代の仲間達が命をかけて戦争に向かう姿を目の当たりにしたことで、命を支える仕事をしたいと考え、創業したと聞いています。
また、先代である父からは、手術前に「母と従業員を頼む」と言われました。父はプラザ合意後に従業員を270名から70名に減らさざるを得なかった辛い経験から、従業員の生活と雇用を守ること、会社は「成長」より「存続」を意識すること、従業員がどこでも通用するように教育することを第一に考えていました。この思いが基となり、自分自身も従業員を一番に考えています。
-社長自身のルーツはどこにあるのでしょうか。
小さい頃から母に言われていた「自分がされて嫌なことは人にしない」を常に心がけています。また、通っていた小学校のスローガンが「かしこく、やさしく、たくましく」だったのですが、今でも困った人がいたらすぐに駆けつけて、助けた後は名乗らずに立ち去るようなヒーローになりたいと考えています。ちなみに当社の創立80周年に向けたスローガンは「たくましく、したたかに、けんめいに」です。
新栃木駅の東口を栃木精工口にしたい!
-今後、力を入れていきたいことはありますか。
従業員の多くが地元の人なので、地域との繋がりは大切にしていきたいです。
今年5月には栃木市主催のサッカーフェスへ協賛し、多くの従業員に協力してもらい、サッカー教室やクイズ大会のイベントを企画し、マルシェを開催して多数のキッチンカーにも出店いただきました。大変でしたが、多くの方々に楽しんでいただけたと思っています。
親族や知人の紹介で当社に入社する人もいますし、イベントに参加した子どもたちが当社のファンになってくれて、将来入社していただければと期待しています。
また、やりがいのある仕事が地方にあることが大事だと思っています。会社名に「栃木」を入れているのは、当社が有名になれば「栃木」の名も上がると思っているからです。もっと地域に貢献して、新栃木駅の東口を栃木精工口にしたいと考えています(笑)。
【企業情報】
栃木精工株式会社
代表取締役社長 川嶋 大樹(かわしま ひろき)
栃木県栃木市平柳町2-1-5