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「会社は何のためにあるのか」の想いとその先にある挑戦

経営者の情熱を発信する“Project CHAIN”第52弾。今回は埼玉県上尾市に本社を構え、チタン合金や鉄等の金属のプレス加工を得意とする株式会社名取製作所名取秀幸(なとり・ひでゆき)社長にお話を伺いました。自動車のワイパーのパーツの国内トップシェアを誇る同社は、異分野となるスポーツ用義足のパーツ製造も手掛けています。異分野へ参入するとしても、なぜ、スポーツ用義足なのか?その熱い想いやキッカケについて、インタビューしました。

チョークからワイパー、そしてスポーツ用義足のパーツへ

(左)株式会社名取製作所 久喜工場
(右上)手掛けた製品と受賞したトロフィーの数々 (右下)工場内の風景

-自動車部品から義足のパーツとは、かなり飛躍した印象ですが、現在に至るまでの経緯を教えてください。

私は3代目なのですが、初代の頃はチョーク(混合気(ガソリンと空気)を濃くして、冷えたエンジンの始動性をよくするための自動車部品)が主力製品で、2代目になってからワイパーに使われるパーツであるアームピースを生産するようになりました。アームピースは今も当社の主力製品となっており、これらの製品の生産を通じて、次第に曲げ加工とねじり加工を組み合わせてプレス加工する3次元の曲げ加工技術が向上しました。私が継いでからはこの技術を他に生かせないかと常々考えていました。
 そのような中、本当に偶然ですが、テレビを観ていたら、義足を装着したアスリートが躍動している姿が目に映ったのです。
 スポーツ義足のパーツには、64チタン合金(ロクヨンチタンゴウキン/チタン90%、アルミニウム6%、バナジウム4%)が使われています。当時は、64チタン合金の加工技術を高めているところだったので、「チタンと人体の親和性という特長を活かして社会貢献できるのはコレだ!」と思ったのがスポーツ用義足のパーツを手掛けることになったキッカケです。

-64チタン合金の加工が難しいと言われる理由を教えてください。

100%の純チタンに比べて、引っ張り強度が1.7倍、耐力が3.8倍以上と機能面では優れているのですが、硬いため、成形しづらく、削りにくい、更には割れることもあるという性質があります。これが加工の難しい理由です。

それでもスポーツ用義足のパーツへ

スポーツ用義足で手掛けたパーツ(NATORIアダプター)を指す名取社長

-スポーツ用義足のパーツは、正直、市場規模が小さく、ビジネスとしては難しいように思います。名取社長の想いに社内から反対意見は出なかったのでしょうか。

その点については、損得では無かったのです。
これまでは「不良を出さない・納期遵守」が当たり前のBtoBの事業しかやってこなかったので、感謝されることは僅かでした。
ところが、スポーツ用義足のパーツを組み込んだ義足を着用した選手がパラリンピックのメダルを持って当社を来訪し、『名取製作所さんが作ってくれたパーツのお陰でメダルが獲れました!』と御礼の言葉を頂くことができました。
そのとき『自分達の仕事が本当に人の役に立てたんだ、直接感謝が貰える仕事なんだ』、と社員全員が実感しました。この経験が社内の結束力をより強くし、現在まで続く取組に育てて来られたのだと思っています。

-義足のパーツを手がけるにしても、“スポーツ用”からではなく、まずは、比較的、技術ハードルが低く、市場規模も大きい“一般用”から手掛ける方が自然なような気がしますが・・・

理由はいくつかあります。
まず、当社はそれほど大きな企業ではありません。よって、たとえ市場規模が小さくてもスポーツ用義足で知名度が上がれば、それがブランド力になると考えました。
次に、一般向けの義足には保険適用の問題があります。義足はかなり高額なものです。しかも、現行の制度では、生活する上で必要最低限のスペックのものしか保険が適用されません。
しかしながら、我々は身体に障害を抱えている方のQOLも大切にしていきたい。例えばSサイズかMサイズしか保険適用にならなくて、でも実はその間のサイズが一番適している方がいれば、そうした製品を供給したいと思ったのです。しかし、これは我々だけでは解決することが難しい課題であり、今も関係機関への調整等に尽力しています。

ご縁を大切に

-損得勘定抜きに新分野へ突き進まれたなかで、ご苦労された経験や、それを打破されたきっかけがあれば、教えてください。

もちろん、全て順調だったわけではありませんが、「人との関わり」によって乗り越えてきました。
 技術面でどうしてもブレイクスルーできない困難に直面した時は、埼玉県よろず支援拠点に相談し(国研)産業技術総合研究所に繋いでいただき、ものづくりと計測の専門家をご紹介いただいたことがあります。パラリンピック陸上競技メダリストの山本篤さんとの出会いは、当社パーツのユーザーだった自転車競技のパラアスリートの藤田征樹さんがきっかけです。

常に考え、日々改善、そして市場創造を

名取製作所の使命

-これまで義足ユーザー支援のことを中心にお話を伺いましたが、経営全体のことや人材育成の観点についても是非お話をお聞かせください。

私は京セラの創業者である稲盛和夫さんを尊敬しており、稲盛さんの著書や実際の会話から、「会社は何のためにあるのか」「従業員の幸せとは何か」を考えるようになりました。これらを大義として今も歩んでいます。
 「会社は何のためにあるのか」については、先程も申し上げたように損得勘定だけではない社会貢献も必要だというのが一例でしょうか。

「従業員の幸せとは何か」については、例えばIoTを導入し、現場の作業状況の見える化を進め、歩留まりの改善を始めとした生産性の向上を実現し、月の残業時間を平均1時間程度に抑えることでより働きやすい環境を整えています。また、展示会のプレゼン対応や、スポーツ用義足のように新しい取組に着手する際は社内で関心のある従業員を募り、積極的に参加してもらうことで、従業員一人ひとりの成長をサポートしています。
少子化が進んでいくことで従業員確保は難しくなっていくでしょう。今後はアウトソースやAIの活用も視野に入れていくことが必要だと考えています。

-今後の事業展開や実現したいことをお聞かせください。

今後の事業拡大を目指し、当社はフィリピンの HARMO Technology corporation 社と資本提携しています。資本提携により両社の技術やノウハウが融合することで、シナジー効果が生み出され、革新的なソリューションの提供が可能になり、グローバルな市場での成長機会が広がることを期待しています。
生産受託や義足ユーザー支援は引き続き行いつつ、商品・技術の開発や市場創造にも注力していくことを考えています。

当社は、これまでにスポーツ用義足で用いる、足の振り上げ角度が適切な角度になると音が鳴る装置を開発した実績があります。パラアスリート一人ひとりに合うよう、製品をカスタマイズするためには、計測データを製品やサービスに反映させる技術が必要です。このような計測技術を活用した製品開発は当社の得意とするところなので、社内設備のデータを蓄積して社内のIoT化も進めつつ、今後もますます製品開発を進めていきたいです。
また、当社がこれまで手掛けてこなかった市場を創造したいと考えています。例えば航空宇宙分野などにも参入したいです。ニーズがある限り、当社が出来る限りのことを行い、そこで獲得した技術や人脈を他でも活かしていくことを続けていきたいですね。

編集後記
筆者自身が身体障害者であるため、義足ユーザー支援のインタビュー中に、つい私の方から日常生活の体験談を前のめりで話してしまうことが多々ありましたが、嫌な顔ひとつせずお付き合いいただくなど、溢れんばかりの「寄り添い力」を感じました。名取社長が持つお人柄や先見性に加え、一枚岩になって活動する従業員の皆様に救われる方は、今後も多方面で増えていくだろうと想像しています。
                          担当特派員 YY

【企業情報】
株式会社名取製作所
代表取締役社長 名取 秀幸(なとり ひでゆき)
埼玉県上尾市愛宕3-15-14

【参考情報】
同社もお世話になったという「よろず支援拠点」は、中小企業庁が全国に設置する経営相談所です。中小企業・小規模事業者からの相談に対して、専門スタッフが適切な解決方法を提案します。相談は無料ですので是非御利用ください。

よろず支援拠点/地域プラットフォーム(関東経済産業局のサイトへ)

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